私論…伝統的な構法とは

 
一般的には、伝統建築とは歴史的な文化財建造物を指し、神社、寺院、城郭、民家などの建築物のことです。伝統構法とは伝統建築を構成する技術のことで、大工、左官などの職人に伝承されてきた技とそこに込められた精神性や知恵の蓄積という意味も含んでいるかと思います。
  
伝統建築、伝統構法の一方で、在来工法と呼ばれている方法があります。
それは、今のコンクリートや鉄を主材料にする現代的な工法のことが区別され、そう呼ばれていて、両者は対立関係に置かれることが多いです。
在来工法・現代的な工法は、明治時代に西洋建築が入ってきてから、大地震の被害の度に従来の考え方が見直され、科学技術的に発展させてきた工法ですから、その基礎には伝統構法があるのですが、現代の建築と工法が伝統構法の精神性まで受け継いで来なかったために対立関係にあるのだと考えます。
  
伝統構法から受け継ぐことができなかった精神性とは何かの前に、伝統構法とは何を指すのか、その定義についてはバラツキがあります。なぜなら、歴史的な文化財建造物は、当時の最先端の技術や学問の影響が見られ、「ある時代の最先端の建物」が後の時代の文化財になっていることが少なからずあり、伝統建築それぞれには時代の変遷による建築技術の変化があるために固定した定義が難しいのかと思います。
 
そこで、伝統と構法の間に「的」をいれ、私なりの伝統  構法とは何かをまとめておきます。
 
 
一 .身近なところで用意できる材料を活用する。
 
決して優しいばかりではない自然環境の中に、私たちは生活の場として建物をつくってきました。一番最初につくられた建物は何だったのでしょうか。洞窟を利用したものか、木や枝を立てかけた簡単なものなのかは判りませんが、多くの動物が巣をつくることから、何よりも最初につくられた建物は棲みかとしての住宅だと考えられます。
住宅には第一に、安全、安心、便利、持続性など基本的で必要最小限の性能が求められますから、そこに使われる材料は、その敷地の周辺で安定して手に入れることができて、その材料を自分たちの手で加工し、組み立て、直し、改造可能であることが前提条件になります。この条件は世界中の人間社会で、また巣を作る動物に共通して見られ、子育ての場として巣が必要になるなら、その材料は周辺環境の中で容易に手にえれることができる「自然素材」であることは当然のことです。
 

裏山の木を切り、また植林することで計画的な材料調達を維持してきました。


 
日本は豊かな森林に恵まれていましたから、建築の主要な材料として木が使われてきました。針葉樹、広葉樹、多種多様な木の中でも、桧が一番とされ、古くから社寺建築に使われてきましたが、仏教伝来後の寺院の建築ラッシュで資源がだんだん不足し、松や杉が使われるようになります。松と杉では松の方が強度があるため、小屋梁に使われるのは松の方です。また、ケヤキなどの広葉樹は堅く木目が美しいので、施主自慢の化粧材として重宝され、漆などの仕上げのバリエーションも多様に見られます。他にも、土、石、竹・茅・藁などの自然素材と、それらを加工して瓦、畳、紙などの様々な二次製品つくり、機能性と美しさを兼ね備えた建築をつくってきました。
周辺環境の中から手に入れることができる自然素材ですから、安価(自分たちで用意をすればタダ同然)で、計画的にストックをすることで、普通の人が自分の家を自分の手で守ることができました。
身近な環境の中から用意できる材料を使うことが伝統的構法の第一の条件になります。
 
 

良質な粘土を成形し焼成して瓦ができます。また、藁を混ぜ込み塗りあげてできる土壁は調湿性と蓄熱性に優れた材料です。


 
 
二 受け継がれてきた技法を活用する。
 
自然素材の長所短所を読み取り、建築にする技術を日本の木構法は積み上げてきました。
もともとが自然の産物ですから材料に2つと同じものがありません。クセのある木を上手に組み合わせて、全体として強い建物に組み上げる方法や、適材適所で樹種を使い分ける方法など、特に木に関する技術には、長い時間をかけて試行錯誤を繰り返し、洗練させてきた知恵が見られます。
その一つに「継手、仕口」と呼ばれる金物を使わずに木を組み上げる大工の技術があります。なぜ金物を使わないのか、いや、昔から釘やカスガイなどの金物は使われていましたが、当時の鉄は手作業で鍛えて作るため高価で貴重でした。何よりも、鉄は早くに錆び付いて腐食し周辺の木部を痛めるなど、実は鉄と木は相性が悪く、木のヤセやねじれといった動きに対しても対応ができないことから、あくまでも補強として使われていました。
木をしっかり組み合わせておいて、どうしても心配な箇所には金物を補強として使うという考え方です。現在の金物がないと外れてしまう方法とは考え方が違います。
 

伝統の継手仕口で木を組み合わせて、木の特徴を活かした建物を目指しています。


 
また、土は世界中で建築に使われていて、世界の人口の1/3は土を利用した住まいに住んでいるようです。日本でも、藁を練り込んだ粘土質の泥を塗り上げる土壁を法隆寺に見ることができますから古くからある構法です。土壁は機能性にも大変優れていて、調湿性と蓄熱性の両方併せ持つ材料としてまた注目されています。調湿、蓄熱の環境的な側面に加えて、厚みのある土壁は耐震壁としても働きます。また、数寄屋建築(茶室など)では土壁の素朴な味わいに究極の美を見出しており、日本の土壁の技法は機能性と美しさを併せ持つ優れた構法です。
 

調湿性能は今日の建材とは桁違い、蓄熱性も高いため、省エネルギーを実現するために既存の土壁を残すことにしています。


 
他にも、瓦、和紙、漆や柿渋などの塗装、建具などの技術に先人たちが築きあげてきた技があります。今日の建築に要求される機能には、構造的な安全性、バリアフリー、防火・防犯対策、省エネルギー、持続可能性、音・光・空気環境などがあり、最新の設備機器の導入される建築には未来的な技術で解決方法を期待しがちですが、昔から積み重ねられ、洗練させてきた伝統の技を現在の技術に取り入れて、将来に活きる可能性があると考えています。
 
 
三.風土の中で活きるカタチ
 
木や土を使った建築は水には弱く、降雨、降雪の多い日本の気候の中で建物を長持ちさせるためには、柱や壁が濡れないようにすることが一番です。
今のような防水性の高い外壁材やアルミサッシュは無かったので、傘を大きく広げたような屋根が伝統建築の特徴になっています。そのため、日本の建築は大きな屋根をどう作るかが一番の課題でした。また、その屋根を維持させていくことが建物の持続につながるので、瓦だと新潟以南の全国各地に産地があって、その地域の風土に合った瓦を生産していました。茅、杮(こけら)、檜皮のような植物性の材料も、近くの裏山から採取できる体制をつくり、地域の風土に適したカタチとそれを維持していく体制がセットになっていました。
 

越前瓦は焼成温度が高いため硬く、釉薬が裏面にもかかっているので雪国仕様の瓦です


 
また、内部の空間を雨から守るための大きな屋根のその架け方=構法を追求してきました。
それは、木の長さには限界があり、大きなホールのような部屋をつくるにはどうしても無理がかかります。そこで木を束ねたり、積み上げたり、繋いだりして大規模な木造建築を可能にする技術を先人たちは実例で残してくれています。
 
伝統建築が見せる形は、風土の中で生き残ってきた成果であり、そこにこそ形の合理性があります。その形の意味するところから、現代の風土の中で生きる建築につながっていくと考えています。